働く人、企業、街。すべてが「満たされる」オフィスへ

博物館や商業施設、ホテルなどの空間づくりをおこなう丹青社が、東京都心部の中小規模ビルをリノベーションする新たな事業「不動産再活性化プロジェクト(Real-estate Revitalization Project/以下、R2プロジェクト)」を本格始動させた。このプロジェクトは「W2(Wellbeing Workplace)」をコンセプトに、東京都心部で築古化した中小規模ビルを、スモールオフィスとして再生しようというものだ。

その第1弾となる「W2 KODENMACHO」が2021年2月に竣工した。日比谷線小伝馬町駅から徒歩で約4分。1984年築、地上5階建てのビルを、丹青社の空間づくりのノウハウを活かして刷新。照明設計は建築家との協働も多い照明デザイナーの岡安泉さん、アートワークは色を軸にした活動を展開する美術作家の植田志保さんが手がけた。

スモールオフィスとして「W2 KODENMACHO」が提供するオフィス空間とは?そして「Wellbeing」なオフィスのあり方とは──。プロジェクトを中心となり企画・推進した丹青社の松本康靖さんと、岡安泉さん、植田志保さんの3名にお話をうかがった。

働く人、企業、街。すべてが「満たされる」オフィスへ

──まずは、プロジェクトを立ち上げた経緯からお聞かせください。

松本康靖さん(以下、松本):丹青社の新しい取り組みとして、都心の築古化した中小規模ビルを小規模事業者向けの良質なオフィスとしてリノベーションし、不動産価値を向上させる新規事業「R2プロジェクト」を2020年4月にスタートさせました。

プロジェクト立ち上げの背景として、まず都心には、バブル期前後に建てられた多くの中小規模ビルがありますが、それらのビルは築30年ほどが経過し、老朽化しているということがあります。オーナーの高齢化とも相まって稼働率が低下しているものも少なくありません。また、東京都で働く人の約6割は従業員数500名未満の企業で働いていますが、こうした企業規模に適した中小規模ビルの供給は、ここ20年以上で数がかなり限られており、彼らは老朽化した、あまり環境のよくないビルで働いていることが多い状況があります。

この事業の趣旨は、そうした中小規模ビルを最新の設備と居心地のよい環境を備えたオフィスにリノベーションし、スタートアップ企業をはじめとした小規模事業者に提供しようというところにあります。

松本康靖 株式会社丹青社 企画開発センター R2プロジェクト室 チームリーダー。2007年丹青社入社。制作職、プランニング職を経て、2017年より同センターにて新規事業開発を担当。2020年にR2プロジェクト室の立ち上げに参画。

松本:また、この事業は社会的課題の解決にもつながると考えています。特にSDGsの観点から見ると、小規模事業者へ良質なオフィスを提供することで個人と企業の成長に貢献することは、目標8の「働きがいも経済成長も」に対応しますし、稼働率の低下したビルを再生してオフィスや店舗を誘致することでまちににぎわいを創出することは目標11の「住み続けられるまちづくりを」にあたります。また、スクラップアンドビルドではなく既存ストックを活用した開発手法をとることで廃棄物を削減することは、目標12の「つくる責任つかう責任」に対応すると思っています。

丹青社の既存の空間づくりの事業を通じて蓄積してきたノウハウやネットワークを活かした新規事業を立ち上げたかったことと、こうした社会課題解決に寄与できればという思いから、この新しい取り組みにチャレンジすることにしました。個人的にも、すでにあるものを活かす事業をしたいと考え、このプロジェクトを提案しました。

R2プロジェクト ビジネスモデル

――プロジェクトのコンセプトを教えてください。

松本:これから展開していくオフィスのブランドネームでもありますが、オフィスのコンセプトは「W2/Wellbeing Workplace」です。「Wellbeing」はWHO憲章でも使われている言葉ですが、もとは「満たされた状態にある」という意味です。WHOでは「健康(Health)」の定義を、肉体的、精神的、そして社会的に「Wellbeing」、つまり満たされた状態にあることとしています。

W2における「Wellbeing」は、まずそこで働くひとりひとりが肉体的、精神的、社会的に「Wellbeing」であるようなオフィスにしたいと考えています。加えて「Wellbeing」の意味を拡張して「組織」や「企業」、さらには「社会」が「Wellbeing」であることに寄与できるようなオフィスでありたいと考えます。この「W2/Wellbeing Workplace」のコンセプトをさらに発展させ、オフィスの基本方針として、「健康と快適」「働きやすさ」「企業ブランディング」「BCP」「SDGs」の5つを掲げています。

コンセプトでは、肉体的、精神的、社会的な「Wellbeing」からさらに拡張し、「すべてのWellbeingを実現するWorkplace」を掲げる

松本:その第一号物件が「W2 KODENMACHO」です。「W2 KODENMACHO」は、東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅から徒歩3分、JR総武線の馬喰町駅や都営新宿線の馬喰横山駅からは徒歩2分、タクシーを使えば東京駅にワンメーターで出ることもできるという、交通アクセスがとても良い場所にあります。

W2 KODENMACHO

松本:近くには江戸時代からの問屋街である横山町の繊維問屋街があります。2000年代にはこのエリアで「CET(Central East Tokyo)」というプロジェクトが実施されました。CETは繊維問屋業の衰退によって発生した空きビルや空き室を活用したデザイン、アート、建築のプロジェクトなのですが、そのレガシーとしていまも美しくリノベーションされた古いビルがいくつもあり、そうしたビルにはギャラリーや雑貨店、デザイン事務所などが入居しています。

「スモールオフィス」が次のキーワードになる

──「R2プロジェクト」第1弾である「W2 KODENMACHO」のポイントは何でしょうか?

松本:照明とアートです。もとの状態を大きく改修したというわけではないんですが、こうしたスモールオフィスで、働く人に配慮した照明やアートを意識した空間はなかなかないと思います。

「W2 KODENMACHO」の貸室面積は、2階から4階が約30坪、5階が約20坪弱で、10~15名くらいの規模の企業にちょうどよい大きさになっている。

植田志保さんが手がけた作品が各階の踊り場に設置されている。

──照明設計を手がけた岡安さんにオファーされたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

松本:「Wellbeing」というコンセプトの中で何を行うかは、さまざまな要素が考えられます。プロジェクトによってどんな切り口でそのコンセプトを具現化するかいろいろな可能性がありますが、今回のプロジェクトでは、照明の切り口でコンセプトを表現することはわかりやすく効果的、かつ具現化しやすいポイントになると考え、岡安さんにお願いしました。

岡安泉さん(以下、岡安):実はちょうど僕も、「スモールオフィス」が次のキーワードになると考えて、メーカーと小規模オフィス向けの照明器具開発プロジェクトを立ち上げたタイミングだったんです。それで、「Wellbeing」にまつわることもいろいろ調べていたんですよ。

岡安泉 照明デザイナー。岡安泉照明設計事務所代表。建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなう。代表作に青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」などの照明計画を手がける。

──岡安さんが、スモールオフィスに注目されたのはなぜですか?

岡安:これまでオフィスの照明って、配線が天井裏にあったりして、触れない感じがありました。でも、これから「壊す」ことが減り、リノベーションが増えてくると、照明ももっとラフで扱いやすいものに変えなくてはいけません。また、「ABW(Activity Based Working)」やフリーアドレスのような考え方が進んでいくと、好きな場所で好きな明るさを自由につくれることが重要になってくる。そうして、大きなオフィスも小さな単位で動くようになるということは、小さなオフィスの答えを出し切れば、大きなオフィスにも対応できるのではないかと考えたんです。

リノベーションとは新たな付加価値をプラスしてリニューアルすることですが、何をプラスしていくかというところに「ウェルネス」というキーワードを打ち出すことで、今までのリノベーションとは違うジャンプがあるかもしれないと期待しました。

リノベーション前:一般的なオフィス仕様の空間

リノベーション後:スケルトン天井や間接照明を取り入れ、開放的でフレキシブルな空間に変化

アートと光で再生した池袋の地下通路「ウイロード」

──植田さんにアートワークをオファーされたのは、どのような経緯だったのでしょうか。

松本:もともとこのビルは外壁も内部も白一色で、特に共用部は外光も入らず、蛍光灯の照明のみの非常に無機質な空間でした。メンバー内でアート作品を入れたいねという話になったのですが、ただ飾るだけではおもしろくない。そんなとき、池袋の地下通路「ウイロード」など、アートの力で公共空間の価値向上に貢献されていた植田さんに、今回の私たちのオフィスの価値向上に力をお借りできないかと相談したいと考えオファーしました。

──池袋駅の東西を結ぶウイロードは、2019年に豊島区が再生事業を行ったそうですね。

植田志保さん(以下、植田):ウイロード(雑司が谷隧道)は1925年に開通した歩行者トンネルで、一日3~4万人の方が利用するのですが、「暗い、汚い、怖い」というイメージがあって女性や子ども連れの方に敬遠されていたようでした。そこで、「1000万のたましいを呼び覚ます 色のすること Tour of WEROAD」と題し、もう一度生きた空間へと再生するアートワークを手がけました。

植田志保 美術作家。五感を通し、記憶や意識に潜む色の有機的な動きを捉えた表現を発表してきた。対話描画、装画、空間への作品提供、舞台のアートワークを担当するなど活躍は多岐にわたる。フランス、スイス、ドイツでの展覧会、国内での個展も多数。公共地下道ウイロード再生事業での功績が認められ、豊島区文化栄誉賞を受賞。

池袋駅の東西をつなぐ雑司が谷隧道「ウイロード」の壁面アート

──植田さんは「R2プロジェクト」の依頼を受けたとき、どんな印象を持たれましたか?

植田:私は、記憶や意識に潜む「色」を捉える活動をしていて、色は心に影響を与え続けているのだと思っています。なので、ビルの再生プロジェクトと聞いたときは、そこでどんな表現や関係性が立ち現れるのだろうと、すごく興味を持ちました。

松本:岡安さんとは、ウイロードで一緒にお仕事されていたんですよね。僕はそのことを後から知ったんですが。

植田:はい。私も再会に驚きました。ウイロードで光が呼吸しているようにならないと、空間全体にも鼓動を感じられないのだと照明の重大さを思い知った経緯があり、今回も岡安さんが担当されるなら、私はなんの心配もなく取り組めるなと思ったんです。

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