おぼろげに捉えていた「デザイン経営」

デザインを活用した経営手法=デザイン経営の実践を支援するプログラムとして、2020年11月から2021年6月まで開講している「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ(以下、Dcraft)」。株式会社ロフトワークが主催する本プログラムでは、次世代のビジネスを牽引するリーダーとなることを目指す30社の中小企業の経営者とデザイナーが受講している。

本記事では、「中小企業とデザイナーの関係性をデザインする」をテーマに講師を務めた、山形県を拠点に活動するデザインチーム「アカオニ」の小板橋基希さんと、受講生である岐阜の酒蔵「林本店」代表の林里榮子さん、同社デザイナーの服部誠さんに、講座を振り返るなかでの「デザイン経営」への気づきについてお話いただいた。

おぼろげに捉えていた「デザイン経営」

──まずは林本店の概要と、おふたりの経歴について教えてください。

林里榮子さん(以下、林):林本店は、創業は大正9年で、2020年に100周年を迎えた酒造です。10年ほど前、前社長である父に突然「来週から継げ」と言われて経営を引き継ぐことになり、模索しながらいまにいたります。

酒蔵「林本店」

林本店の酒蔵の様子

林:「SAKE CULTURE TO GO」をコンセプトに掲げ、日本酒の文化を国内外の方に楽しんでいただくために酒造りに励んでいます。また、日本初となる乳酸菌を活用した「次世代無添加製法」で2019年に特許を取得するなど、新しい酒造りにもチャレンジしながら、商圏を徐々に広げています。

服部誠さん(以下、服部):僕は学生時代に建築デザインを学び、その後はしばらく東京の広告会社やエンターテインメント会社で働いていました。そこでいろんなカルチャーに触れるうちに、日本文化を伝える仕事ってすごくおもしろいなと感じていました。そして、地元である岐阜で中高の同級生だった林さんと久しぶりに会う機会があったんです。その際に日本酒のブランディングをもっとやっていきたいという話を聞いて、役に立てることがあるんじゃないかと思い、地元に戻り仲間入りさせてもらうことになりました。現在は事業開発からプロモーション、ラベルのデザインに至るまで広く携わっています。

(右)林里榮子 全国から酒蔵の子弟が集う東京農業大学醸造科を卒業。5年間大手ビールメーカーで営業を経験したのち、実家の家業、日本酒の蔵元に入る。2007年5代目当主を継ぎ、2010年地元に実在した市川百十郎より命名した「百十郎」を立ち上げる。2018年「無添加乳酸菌発酵製法」にて特許取得。Kura Masterプラチナ受賞「百十郎 山廃」、Vinitaly5つ星受賞「TERA」など新商品の開発をしながら、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、香港、シンガポール、台湾など国内だけでなく海外への輸出活動も行う。
(左)服部誠 慶應義塾大学環境情報学部卒、同大学院修了。「日本文化を伝える」ため広告会社やエンターテイメント会社で勤務。プロモーション領域を手がけ、ニューヨークADC賞やグッドデザイン賞などを受賞。大手企業を退職し放浪を経て、農業や漁業関連での小規模事業者の海外展開による地域活性化事業を手がけ、経済産業省の「中小企業生産性革命推進事業」や「JAPANブランド育成支援事業」に採択された。趣味はサッカー、サーフィン、料理、旅。

──小板橋さんは、講師を依頼された際にどのように感じましたか?

小板橋基希さん(以下、小板橋):山形というローカルで仕事をしていることもあり、企業から直接仕事をいただいて経営者とやりとりすることが多いんですが、それを「デザイン経営」という言葉に置き換えたときに、プログラムの参加者である経営者のみなさんがどう考えているのか知りたいという気持ちがありました。というのも、僕自身がデザイン経営と聞いてもいまひとつピンとこなかったんです。

デザインという手法がポピュラーなものになり、みんなが使えるようになっていくのはすごくおもしろいことだと思います。その反面、デザイン経営というものを会社がすぐに実践できるものなのかどうかには興味がありました。僕は山形にいてデザイン業界のど真ん中にいるわけではないので、そういう状況を外から眺めている感覚がありました。

小板橋基希 アートディレクター・デザイナー/株式会社アカオニ代表取締役 1975年群馬県生まれ。東北芸術工科大学卒業。大学入学とともに山形に移住。東北の「自然・暮らし・遊び・食べ物」に魅せられ卒業後も山形に定住し、2004年にアカオニを立上げる。以来、グラフィックデザインからWeb、写真、コピーワークなどのクリエイティブを駆使するデザインチームとなり、全国津々浦々に点在するクライアントの様々な要望に応えている。現在も山形市にて「アカるく すなオニ」営業中。

──服部さんと林さんは、講座に参加される前はデザイン経営についてどのように感じていましたか?

服部:言葉は知っていましたが、具体的にどういうものなのかは全然知りませんでした。いまのところは、デザインのように感情を動かすものに、経営というリアルでシビアなものを融合させることで会社をうまく進めていくためのものだと、おぼろげに捉えています。

林:ブランディングっていうことかな?と、おぼろげに聞いたことがあるくらいでした。社会に蔵の特徴をわかってもらえるように伝えることであったり、社内のメンバーが同じベクトルを向いて進んでいくためのものなのかなと思っていました。

──林本店は、経営者である林さんとの思いを共有できるデザイナーとして服部さんが社内にいるので、デザインを含めたコミュニケーション全体のあり方について、デザイン経営の視点を持って日々議論しながら実践されているのかなと感じていたのですが、本プログラムへ参加する上でどのような課題を感じていたのでしょうか?

林:服部さんが入る前は、デザインのバックグラウンドにあるものをどう伝えていくかというところに課題を感じていましたが、服部さんに入っていただいたことでそこが解消されつつあります。いまでは得意先へのアピールや伝えやすさを考えるために、POPやプレスリリースの文言なども一緒に考えてもらったりしています。

今回「Dcraft」に参加した背景としては、大きく二つあります。2020年に創立100年を迎えましたが、もうさらに100年先まで続けられるのか?ということや、美味しいお酒を造るだけでそれは伝わっていくのだろうか?など、会社の方向性としての幹がしっかりしていない部分がありました。また、お客様から「種類が多くて何を買ったらいいのか迷う」という声もあり、今後多様な商品展開を続けていくのか、あえて絞り込むのか迷っていたり。ほかにも、特許を取得した当蔵唯一の技術を生かしたことなどをどう表現したらいいのかについても考えていたんです。

そんな時に、名古屋のFabCafeがオープンする際の鏡割りでうちのお酒を使っていただいたことをきっかけに、ロフトワークの方々の活動を知りました。「まさにこれを知りたかった!ぜひ勉強して取り入れたい!」と思い、すぐに応募させていただきました。

服部:経営者と本音で話をしながらデザインができるいまの環境はすごく稀だなと、日々思っています。自分が「こうに違いない」と思う意見を伝えて制作するというのは、林本店に入る前にやっていたクライアント仕事ではなかなかできなかったことですので。今回のプログラムには、デザイナーとして参加することで「デザイン経営」というものを事例を交えて、他社さまとも学びながら理解を進めていきたいという思いがありました。また、「デザイン経営」を実現させていくためのプロセスを、経営者を含めたコアメンバーだけでなく、すべての社員も含め共有しながら進めてアウトプットしていくという経験はいままでなかったので、このプログラムを通して学んでいきたいと思っています。

自分たちの会社をやさしい言葉で語る絵本づくり

──小板橋さんが担当した講義は「中小企業とデザイナーの関係性をデザインする」がテーマでした。客観的な視点を取り入れながら、自社のビジョンを伝えるための絵本づくりをするワークショップがメインでしたが、これを実施しようと決めた背景を教えてください。

小板橋:Dcraftの初回講義の成果物を見せていただいたとき、参加者の方々は予想以上にやりたいことが明確で、ビジネスプランの強みも把握していることがわかりました。ただ、みなさんが自社をアピールする言葉がちょっとわかりづらいなというのも同時に感じました。普段の仕事のなかでも思うことがあるのですが、画期的なビジネスプランやイノベーティブなことを実践できる人は、しゃべると非常にわかりやすいのに、文字にした途端、ちょっと気取っていたり、ひねった言葉を使うケースがよくあるんです。もっと素直に言えばいいのに、逆にわかりにくくなる。

これまで企業は、成果が見えないという理由からデザインに投資しづらかったり、売上を優先してしまうとデザインがおろそかになったりしてしまうことが多かったと思います。でも「デザイン経営」はその両方をあわせ持つもので、うまい言葉をつくったなと思いましたね(笑)。企業はこういう言葉があればデザインを導入しやすいですし、デザイン業界にとってもチャンスだと思います。

デザインに投資して売上などの成果を出すというよりも、経営者が自分の会社についてより柔軟に捉えながら経営できるようになること。もしかしたら、それがデザイン経営なのかなと考えています。というのも、デザインには決まりきった答えはないし、逆にその答えをデザイナーに100%委ねてしまっても、経営者とデザイナーの関係性としてあまりよくないと思っています。デザイナーはデザインという視点から、経営者は経営という視点から、お互いが協働していけるような関係性を築くことがても大切なことだと思います。

なので、その両者がもつ客観性と主観性のふたつの視点を持って、自分たちの会社のことを誰にでも伝わる言葉で表現した絵本をつくってもらうことにしました。みなさん経営者なので、難しい言葉は普段から使っているでしょうから、逆に、子どもにもわかるやさしい言葉で自社を表現してもらうことが目的でした。

──デザイナーである服部さんは、デザイン経営を学ぶカリキュラムのなかで、今回のように直接デザインに関するアウトプットを制作するわけではないワークショップに取り組むことについてはどう感じましたか?

服部:絵本は老若男女、誰にでもわかりやすく伝えなきゃいけないものですよね。自社について伝える上でそれが一番難しいことだと思っていたので、絵本をつくると聞いたときは「そうきたか!」と思いました。でもそれって、同時にすごく真っ当なアプローチだなとも感じたんです。絵本の性質上、ハッピーエンドに結びつけることが必ず求められると思うので。

僕は一応デザインの勉強をしてきたので、デザインは表面的なものをつくることだけではないと考えていたのですが、経営者のなかにはそのように捉えている人が多いのが実情だと思います。プログラムの参加者には経営者の方も多かったので、デザインは表層的なものではないことを知ってもらうところからワークショップがスタートしたのは、すごくいいなと感じました。

絵本づくりで気づいた、会社の思いを伝えることの大切さ

──実際に制作された絵本についてお話しいただけますか?

林:当蔵の銘柄である「榮一」と「百十郎」をモチーフに、「えーいち」と「ひゃくじゅーろー」という木のキャラクターが出会う話をつくりました。表現したのは、自社の歴史のようなものです。

「榮一」の由来は、当蔵の倉本が代々襲名する創業者の名前。「百十郎」の由来は、同じ地元出身の歌舞伎役者、市川百十郎さんです。その方は昭和初期、街に1,200本の桜の木を寄贈し、そこがいまでは桜の名所100選にも選ばれるくらい有名な「百十郎桜」という桜並木になっています。私が父から代を受け継いだあと、桜の木の下で日本酒を楽しんでほしいなと思ってつくったのが「百十郎」なんです。

そこから春夏秋冬の季節に合うお酒をつくって、「百十郎」はだんだんと広がり、海外にも輸出するようになりました。そうしたら蔵には若い子たちもどんどん加わってくれて、いいお酒になっていって。絵本ではえーいちが色とりどりの花を咲かせるひゃくじゅーろーの仲間に出会い、ひゃくじゅーろーがえーいちを乗せる船になって、自身にもきれいな花が咲いていきます。そうして世界中に友だちができていき、地球もきれいになっていくという、ちょっと壮大なストーリーになっています。

服部:80%が水でできている日本酒は、きれいな水でないとつくれません。ところがいま、環境破壊によってその水を生む森林が脅かされているんです。キャラクターを木にして花が咲いていくという展開は、そういう社会的な問題から発想しました。

──服部さんは、普段デザイナーとして取り組んでいることと、ビジョンや伝えたいことを絵本に落とし込んでいくというプロセスとの間に共通点などを感じましたか?

服部:すごく感じましたね。ワークショップの前に、蔵のメンバー全員に自分の会社についてどう捉えているか聞いたんですが、絵本づくりでは、それらの意見と、普段林としている経営の話をうまくミックスさせていきました。こういったことは、デザインする上で考えている、いかに日本酒造りに関わる人たちの思いを表現するのかということと共通していると思います。

いま日本酒は、国からもバックアップを受けながらどんどん世界に売り出していこうとしています。絵本でも表現されているように、広くて遠い世界を見ながらも、大元のつくり手やみんなの意見を聞きつつ思いを形にして伝えることの必要性を、デザイナーとしてあらためて感じました。

次ページ:絵本をきっかけに共有された課題

Comments (0)
Top