絵本をきっかけに共有された課題

絵本をきっかけに共有された課題

──小板橋さんは、この絵本に対してどのような印象を抱きましたか?

小板橋:さきほどお話しされていたように、林本店さんは、このプログラムに参加されるにあたって、バラエティに富んでいる製品一つひとつをどのように引き立たせていったらいいか悩んでいたと聞きました。つくってもらった絵本は、お話としてすごくよくできているなと感じる反面、悩まれていることが表現されてしまっている部分もあるように感じました。

やはり、一つひとつのお酒の銘柄が持つ個性や輪郭をどのように力強く表現して伝えていくかが、今後の課題なのだと思います。多くの企業はひとつの商品の個性をどうやって確立して販売していくかで悩むんですが、林本店さんはいろいろな商品が展開できる技術がある。日本酒業界全体の売上が減少し、従来の伝統的なものとしての日本酒のブランディングだけでは難しいなか、林さんがやっていることはすごくおもしろいなと思うんですが、前例がないだけに大変ですよね。

今回の絵本は、自分たちが考えていることや、その規模感もなんとなく認識しながら、さらに問題点をみんなと共有し、デザイナーさんも巻き込んでやっていけるような物語になっていると思います。今回の絵本づくりはゴールじゃなく、絵本をつくることで見えてきたものもあると思うので、さらに社内のみなさんからいろんな意見を集めてみるといいのではないでしょうか。

──ワークショップを経て、小板橋さんは林本店さんが感じている課題について、どのように感じていますか?

小板橋:「百十郎」シリーズはたくさんありますが、それぞれの違いや魅力について、ユーザーには少しわかりづらいのだと思います。日本酒は、同じ米と酵母を使っても磨き(精米歩合)が50%か40%かで味が変わる、本当に細かな違いを楽しむような世界なので。そのような微差がわかりやすく提示されているようなブランドコミュニケーションが生まれるといいのかなと思います。

服部:市川百十郎さんや百十郎桜を、実は地元の方もほとんど知らないという状況があって。まずは地元の認知度を上げることからはじめて、それが拡散されていくと、ラベルの意味を理解してもらうことにつながるんじゃないかと思うんです。

「百十郎」シリーズ

服部:「百十郎」のラインナップは、定番の4種類と春夏秋冬の季節ものの4種類をベースに、それぞれに生のままの「生原酒」と火入れした「火入れ酒」があり、さらに熟成させた数種類があるので、全部で20種類ほどあります。

ラベルのデザインは、その違いを直感的にわかりやすく伝えられるように差別化しています。それでも、まだ買い手の方にとってわかりづらさはあるんじゃないかなとは感じていますね。

──デザイン経営の視点では、経営者が掲げるビジョンを伝えるためのデザインを、ラベルやパッケージを含めてデザイナーがかたちにし、世の中に届けていくことがポイントになってくると思います。そして、それを日々経営者とデザイナーが更新していくことが重要だと思いますが、小板橋さんからアドバイスがあればぜひお聞きしたいです。

小板橋:たとえば日本酒では、吟醸というものがあったら、もっといいものは「大」がついて大吟醸となるように、わかりやすいコミュニケーションのシステムが歴史の中でつくられてきました。でも、林さんはそういうものから脱却した、新しい世界観やシステムを築き上げようとしているのだと感じます。さきほど服部さんがおっしゃられたように、まずは地元の方々に「百十郎」のブランドを通して林本店さんのビジョンをわかりやすく伝えていくことが必要で、そのなかでまた新しいアイデアも生まれるのだと思います。これからもデザイナーと経営者であるお二人が二人三脚となって、企業のビジョンと商品のブランドがよりよく磨かれていくことに期待しています。

服部:日本酒の業界は古いですし、横並びだと埋もれてしまうので、とんがっていくしかないかなと思っています。いままでになかったような日本酒のあり方を示すことは簡単ではありませんが、独自の次世代無添加製法の技術も持っていますし、海外にも展開している。チャレンジのしがいは大いにあると感じています。

対話を重ね、ブランドを生み出すための「デザイン経営」

──小板橋さんは「デザイン経営」という表現されてはいませんが、デザイナーとして経営者の方々と関わりながら、さまざまなブランディングやビジネスを実践されています。ご自身で、手応えを感じている事例についてお話しいただけますか?

小板橋:山形にある米富繊維というニット工場の仕事でしょうか。ホームページや、同社が立ち上げた新しいブランド「THISISASWEATER.」のデザインを手がけています。 米富繊維は「THISISASWEATER.」の前から、「COOHEM」というファッションブランドを持っていました。僕はその立ち上げ5年目くらいに参画させてもらったのですが、そのとき米富繊維の社長である大江さんが、「ファッション業界の外の人たちにブランドづくりをしてもらいたい」と言っていました。

「THISISASWEATER.」

業界にもともとある目線でものづくりをするよりは、外の人の目線を入れたほうがおもしろいんじゃないかということで、僕に声がかかったというわけです。それからはさまざまな対話を重ねました。ファッション業界のリズムやルールを教わりながら、疑問があれば率直にぶつけてみる。「これってなんでやるんですか」という質問に対して、「業界の通例だからはずせないんです」といったことを教えてもらったりと、さまざまな対話を重ねることが、新しいブランドをつくりあげることにつながったんだと思っています。

──そういった経験から、デザイン経営を実践するにあたってデザイナーが持つべき視点はなんだと思いますか?

小板橋:僕は経営者やコンサルタントではないので物差しは明確で、「おもしろいか、おもしろくないか」が一番大切だと思っています。売上や会社の製造システムをいったん無視して、なんのバイアスもかかっていない状態で、単純におもしろさを議論する機会があってもいい。そういう目線で話をすれば、おもしろい部分とおもしろくない部分がどこなのかという共有にもなりますし、みんなと事業をおもしろく共有していこうという動きにもつながります。

デザイナーが経営者を相手にお金の話をすると「そんなことで売上が立つわけない」とか、「それは手間だからやれない」と返されるケースが必ず出てきます。ただ、僕らデザイナーが関わることは、クライアントのおもしろい部分と現実的な数字の両方の視点を俯瞰視するきっかけでもあるので、その可能性を最大限に活用してもらえたらいいなと思っています。

──今回の取り組みを経て、デザインやデザイン経営への考え方は変化しましたか? また、その変化を業務にどう活かしていきたいですか?

服部:デザイン経営について知ることで業務の幅が広がりましたし、仕事がより魅力的に感じるようになりました。デザイン経営はなかなか正解が見えづらい話かもしれません。だからこそ、それをしっかりと実現できている企業がまだ少ないのであれば、まず自分がやってみようというモチベーションにもつながります。

なによりも思いを伝えることが大事なんだと気づけたことが収穫でした。そのために、これからはもっと蔵の職人たちとコミュニケーションを図ったり、彼らにもデザインをチェックしてもらってだめ出しをもらったりしたいですね。そのほうが、みんなの思いがつまった商品が生まれていくのかなって。それに加えて、壮大な世界にチャレンジするためには、まず地元にしっかりと根ざすことが必要なんだなというのも、今回の講座を通じて感じたことです。

林本店の蔵の職人たち

林:思いを共有することがすごく大事だなと思いました。そのためには、自分の熱量だけが高くてもだめで。デザイン経営によって、まずは社内のメンバーが同じ思いを抱き、共有することで、同じベクトルで進んで行くのが大切です。経営者は、ものづくりを表現することに対してはプロじゃないので、デザイナーさんとはとことん悩みを相談し合い、経営的視点を共有して思いをつくりあげていきたいです。そうやってセッションしていくのがまた楽しかったりするんですよね。

今回のプログラムにはさまざまな地域の人が参加しています。小板橋さんに質問されていた方のなかには「デザイン経営は東京じゃなきゃだめですか?」という聞き方をされていた方もいましたが、小板橋さんご自身は山形で活動されていますし、必ずしもそうじゃないことを話されていて。私はたまたま同じ岐阜で生まれ育った服部さんと仕事ができています。こんな風に地域の空気感を共有できる人同士で組むことができることのありがたさをあらためて感じています。

文:平林里奈 編集:堀合俊博(JDN)

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