世代を超えてつながり合う、桑沢デザイン研究所「同窓会」の絆

桑沢デザイン研究所, 八十島博明, 森井ユカ,グラフィックデザイン,建築,プロダクトデザイン,ファッション,メディアデザイン

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1954年にドイツのバウハウスをモデルとして設立し、浅葉克己や内田繁、倉俣史朗、吉岡徳仁など優れたデザイナーを多く輩出してきた「桑沢デザイン研究所」(以下、桑沢)。同校の卒業生が所属する「桑沢デザイン研究所 同窓会」(以下、同窓会)は、デザイン活動の表彰の場である「桑沢賞」の運営や卒業生の活動を伝える冊子の発行、「桑沢デザイン塾」や夏期デザイン講座の実施など、母校の輝きを支え、魅力を伝える大切な役割を担っている。

今回、同窓会の第8代会長であり、昨年まで同校の非常勤講師を務めていた八十島博明さんと、桑沢賞受賞者であり、現在も非常勤講師を務める森井ユカさんにお話を伺い、同窓会や桑沢賞の意義、桑沢ならではのつながりなどについて語っていただいた。

代々の卒業生がつながる「同窓会」

――お二人は現在多方面でご活躍されていますが、桑沢卒業後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?

八十島博明(以下、八十島):僕は1985年に当時のグラフィックデザイン研究科を卒業して、その後はグラフィックデザイナーの森啓さんが主宰するデザイン事務所に入社しました。大変著名な方なのですが、当時新宿御苑に面した事務所に行くと、兄弟子と二人で窓を開け放ってランニングシャツ姿で仕事をしていたのをよく覚えています(笑)。

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八十島博明 1962年東京都生まれ。1985年桑沢デザイン研究所卒業後、森啓デザイン研究室入社。1992年GRID CO.,LTD.設立。科学雑誌『日経サイエンス誌』のアートディレクションほか、書籍やパンフレット、展覧会グラフィックなどをおもな仕事とする。

八十島:そこでアメリカの科学雑誌の日本版『サイエンス』(現『日経サイエンス』)という雑誌に携わって、6年後に独立しました。ちょうど森先生が女子美術大学の客員教授に招かれたタイミングで、僕は幸運にも『日経サイエンス』のアートディレクションを引き継ぐことができたんです。その後、現在代表を務める「GRID」を立ち上げました。

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八十島さんがエディトリアルデザインを手がけた、当時の『日経サイエンス』誌。現在も継続している。

森井ユカ(以下、森井):私は当時のリビングデザイン科という、広くデザイン領域を扱う学科を卒業しています。私が桑沢に入学する頃は80年代前半で、いわゆるサブカル全盛期でした。雑誌もすごく人気で売れていて、私が桑沢に入学した理由は、雑誌をつくる仕事がしたいと思ったからなんです。

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森井ユカ 立体造形家/雑貨コレクター/著者。有限会社ユカデザイン代表。専門学校桑沢デザイン研究所・リビングデザイン科卒業。東京造形大学大学院修了。代表著作『スーパーマーケットマニア』シリーズ(講談社)ほか30冊以上。

森井:でも卒業後は早く独立して自分の会社を設立したい思いもあったので、一人でもできる仕事をと考え、卒業後はイラストレーターとして独立することに決めました。実は私の夫も桑沢出身のイラストレーターなのですが、私とちがって仕事が抜群に早くて上手だったんです。当時、これはまずいぞと思い(苦笑)、徐々に立体でイラストをつくる立体造形の方向にシフトしていきました。

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森井さんが手がけた、「ポケモンカードゲーム」の立体造形

――八十島さんはいま同窓会会長を務めていますが、そもそもお二人が同窓会に関わられるようになった経緯は?

八十島:同級生が桑沢の広報をやっていた関係で、卒業生を取材した冊子のデザインを僕が担当することになり、それから再び桑沢に足を運ぶようになりました。その時に恩師の一人だった薬師神親彦先生に、「桑沢デザイン塾というものを開くから、参加してみないか?」と誘われたんです。

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桑沢デザイン塾は、「デザインの総合的な知識と各界のデザイナーのクリエイティブ思想を広く伝える」ことを目的に1997年よりスタート。社会人を対象に、国内外で活躍するデザイナーの講演会やトークショー、ワークショップなどを不定期に開催している。
http://www.kds-doso.net/category/lesson/

八十島:桑沢デザイン塾のポスターを見ると、田中一光さんや伊藤豊雄さん、内田繁さんなどそうそうたる方々が名を連ねていました。桑沢デザイン塾は学生対象ではなく、特に我々のようなデザイナー経験のある社会人が学ぶのにおもしろいコンテンツがたくさんありましたから、スタッフになればこんなに贅沢な講演が無料で聞けるのかと思いました(笑)。そんなきっかけから僕も同窓会の活動に興味を持ち、手伝うようになっていったんです。森井さんは僕より早く活動されていたので、同窓会では先輩にあたりますよね。

森井:私も在学中に教わっていた薬師神先生に誘っていただいたことがきっかけだったのですが、少し不純な動機で、「お弁当が出る」と言われたんです(笑)。八十島さんが桑沢デザイン塾を無料で聞けるという理由で参加されたのにくらべると恥ずかしい話なのですが、当時はお金もなかったので、同窓会については右も左もわからず、お弁当につられてしまいました……。

――そうだったのですね(笑)。同窓会はどのくらいのメンバーで運営されているのでしょうか。特に桑沢の同窓会は、ほかの美大などにくらべてもとても活発に活動されている印象があります。

八十島:名簿に登録されているのは20〜30人ですが、それ以外にも桑沢賞の開催時などに駆け付けて手伝ってくれるメンバーは本当にたくさんいます。僕は第8代の会長ですが、第5代の山田脩二さんが会長に就任されて以降、より活発になったと聞いています。1992年から続いている「桑沢賞」を制定したのは山田さんですし、桑沢デザイン塾を立ち上げたのは第6代会長の内田繁さんの時です。

――桑沢賞や桑沢デザイン塾の運営をはじめ、夏期デザイン講座なども同窓会が運営されているのですよね。

森井:はい。もともと夏期デザイン講座は、美大や桑沢を受験する人のためにデッサンや色彩構成、立体・図法などの基礎を2週間かけて学びましょうというもので、これも20年近く続いています。科目によっては私も講師をしていて、夏場の2週間は仕事道具を持って桑沢に詰めています。

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夏期デザイン講座の様子
http://www.kds-doso.net/summer/

森井:最近は社会人の方も通いやすいようにしているので、教養としてデッサンを学ばれる方や、仕事に活かしたいということで色彩構成や図法を学ばれる方もいて、以前にくらべると受講生もバラエティに富んでいます。あと、ここ数年の同窓会の活動として、東日本大震災をきっかけに2年に1度チャリティフリーマーケットを開くようになりました。卒業生からデザイン用品やデザイン関係書籍などを提供してもらい、その売り上げは全額被災地に寄付しています。

世代を超えたコミュニケーションの場でもある「桑沢賞」

――あらためて、桑沢賞についてどういうものなのか教えてください。

八十島:桑沢賞は、1992年に同窓会が制定したもので、創立者である桑澤洋子さんのデザイン思想を現代に具現するデザイン活動だと認められた方が毎年表彰されています。賞の種類は、桑沢賞(本賞)、桑沢特別賞、桑沢新人賞、桑沢地域賞のほか、特別顕彰として桑沢スピリット賞、桑沢デザイン・オブ・イヤー賞などがあります。

――そもそも、どのようなきっかけで誕生した賞なのでしょうか?

八十島:第5代会長の山田脩二さんが、同窓生が一堂に集まってコミュニケーションできる場をつくりたいとうことで賞を設立し、活躍する人をみんなで祝おうと企画したのが始まりだったそうです。毎年原宿のクエストホールで5月の第3土曜日に行っていますが、当日は在校生も手伝ってくれて、年代を超えて桑沢生がつながれる貴重な場になっています。

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桑沢賞表彰式終了後 の記念パーティーの様子
http://www.kds-doso.net/awards/

八十島:2020年は新型コロナウイルスの影響でやむを得ず中止にしましたが、2021年はオンライン配信など別の形で開催しようということは決めています。これからはそういう形のイベントも増えていくでしょうし、配信はよりたくさんの人にアピールできる機会かもしれません。

――新たな形での桑沢賞ですね。受賞者一覧を見るとこれまで本当にさまざまな方が受賞されていますが、どのように選出されているのでしょうか。

八十島:まずメインとなる「桑沢賞(本賞)」ですが、これは桑沢を卒業した方に贈る賞です。我々が卒業生を探して人選までは行いますが、審査して受賞者を決めるのは外部審査員の方々です。2019年はアートディレクターの中川直樹さんやデザインプロデューサーの下川一哉さんら5名の方々に審査委員を務めていただきました。いろいろなところで賞を獲られている著名な方というよりも、今後さらに活躍する可能性を秘めた人という基準で制定されています。

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受賞者に贈られるトロフィー(作:佐藤忠良)

八十島:「特別賞」はおもに桑沢出身者ではなく、桑沢で講師として活躍された先生方のほか、桑沢の名前を社会的に広めてくれた方々に贈るものです。2019年の三宅一生さんは異例なのですが、「イッセイ ミヤケ」で桑沢の卒業生を多く採用してくださっていて、その内の4人(滝沢直己さん、藤田恭一さん、眞田岳彦さん、吉岡徳仁さん)が過去に桑沢賞を受賞しているんです。卒業生を立派なデザイナーに育ててくださったことが表彰につながりました。

「新人賞」に関してはその年の卒展(卒業生作品展)を我々が審査して、優秀だと思った人を表彰しています。そのほかの地域賞やスピリット賞も同窓会の理事委員が選出しています。

設立当初から今にも通じる“概念崩し”の精神

――森井さんは2014年に桑沢賞を受賞されていますよね。

森井:当時も今も恐縮しきりなのですが……。私は立体造形家のほかにも仕事がありまして、旅行が大好きで、行った先々でスーパーマーケットやドラッグストアに売っている日用雑貨や食品パッケージなどを手当たり次第集めて本にしているんです。そのシリーズをはじめて出版したのが1999年だったのですが、その頃から海外旅行にスーパーを取り入れる人も増えてきて、「世界のスーパーはこんなにおもしろい!」という一つの新しい価値観を提案できたという意味でも大変楽しい仕事でした。

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(左列)『スーパーマーケットマニア ヨーロッパ編(講談社)』(右列)『おいしいご当地スーパーマーケット(ダイヤモンド社)』

森井:最初は海外のスーパーについてでしたが、桑沢賞をいただいた年に国内版も出版して、自分の本で紹介したパッケージの展覧会も開きました。桑沢賞ではそうした一連の活動を評価していただきました。その後もコンスタントに書籍は出しているのですが、やはりとても緊張感があります。2017年に国内版の続編を出したのですが、当時の審査員の方々に恥ずかしくないものをつくらねば、ということは常に意識しています。

――時代が変わるごとに受賞者や評価基準の変化などはあるのでしょうか。

八十島:桑沢賞(本賞)でいうと我々も審査の場に同席していますが、やはり時代背景はしっかりと考えてくださっています。2019年に桑沢賞を受賞した城戸雄介さんは陶芸家なのですが、たとえば自らの作品でイベントを開くなど、「食」そのものをプロデュースすることで自分の焼き物を世に出していきたいという方で、“モノ”にとどまらず、ブランディングそのものにこれまでの陶芸家とは違う新しさを感じたと審査員の方々は評価されていました。

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2019年に桑沢賞(本賞)を受賞した城戸雄介さん(写真左上)。モノづくりや自身の作品発信にとどまらず、鹿児島の食と文化を伝える食事会を定期的に開催するなど、国内外で鹿児島の魅力を伝えている。

八十島:桑沢の教育の柱に“概念崩し”というものがあるのですが、既成の概念を疑ってかかるということで、それはこの賞にも通じると思います。桑澤洋子さんがこの学校を設立された時の視点を、審査員の皆さんが持ってくださっているということです。ともするとこういった賞って、「デザイン業界ならこの人だろう」という風に、毎年選ばれる人が同じになってしまうんですよね。そうではなくて、桑沢ならではの視点で、時代も加味しながら選定しているということです。

桑沢生として堂々と。そして変化に柔軟に

――桑沢賞の場に限らず、縦と横のつながりが強い桑沢ですが、同窓会や桑沢ならではのつながりを感じる場面というものはありますか?

森井:私は同窓会での上下のつながりにとても助けられました。会社を立ち上げる時にも仕事をいただいたり紹介してもらったり、感謝しかないですね。でも同窓会に在籍していなくても、桑沢ってほかの美大よりも物理的に人数が少ないので、必然的に縦横のつながりが深くなると思います。それと私たちの頃は課題がかなり厳しくて、厳しすぎてのたれ死んだという都市伝説がほかの美大で流れるほどだったのですが(笑)、そこでのつながりもいまだにあります。お互い桑沢だとわかった時に「あれ大変だったよねー!」と。

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――ちなみに森井さんは現在桑沢で講師をされていて、八十島さんも20年近く講師をされていましたが、学生の変化のようなものは感じますか?

森井:もう思い返すとこちらが恥ずかしくなるくらい、いまの学生はみなさん真面目です。これは景気にも左右されると思うのですが、私の時はバブルの前兆がすでにあって、思い詰めて入学するというよりもっと軽い気持ちだった気がします。でもあえていまの時代にデザイナーを志すということは、それなりに覚悟があるし、そこが違うのかもしれないですね。あと、ここ数年で韓国や香港、シンガポールなどからの留学生が増えたことは、講師にとっても学生にとってもいい刺激になっていると思います。

――今後同窓会として目指したいことは何でしょうか?

八十島:同窓会は新旧の卒業生が縦につながれる貴重な場なので、代替わりしても「こういうのってやっぱりいい場だな」「桑沢の同窓会っておもしろいことやってるよね」と感じてもらえる、魅力ある組織にしたいという思いは常にあります。これはあまり大きな声では言えませんが、桑沢の同窓会はデザインに関係なくてもいいんです。というのは、卒業後にデザインの道に進まないと、後ろめたくて同窓会に参加しづらいと感じる人がいるかもしれないからなんです。

でも桑沢でデザインを学んだ卒業生は、人々の生活をよりよくするために何かをつくることを教育として受けた方々です。そのサービス精神で人が何を望んでいるかを考えることができるからこそ、ほかの分野にいっても活躍されているのだと思います。だから僕はデザイナーになっていてもいなくても、桑沢の卒業生として堂々としていていいと思うんですよね。

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――最後に、今コロナ禍で学び方や働き方が大きく変化していますが、今後のデザインあるいは桑沢にとって必要なものは何だと思いますか?

八十島:「予測するな」と言うしかないと思うんですよね。我々の頃は例えば憧れの人がいて、そこを目指せば実際になれた時代です。でも今は誰かを目指そうと思っても、世の中の変化が早いから数年で変わってしまう。そうなると常に変化していくしかないので、明確に何が必要なのかを言えない分、教育者は難しい面もありますよね。

森井:本当に八十島さんの言う通りで、いかに柔軟に変化していけるかに尽きると思います。だから学生たちにはこうあるべきとか前例はいっさい考えないで、自由にやってもらいたいですね。世間的に景気が芳しくないので、爆発的なエネルギーをどこかに向けるというのは確かに難しくなっていますが、いつの時代もこういうことってあったと思うんです。私はそんなに悲観的には捉えていなくて、景気は悪いですが、デザイナーとしてやっていくと決めたらむしろ自由度は私の頃より遥かに高くなっていると感じます。だから今の学生たちは、多様な働き方ができる分、とても可能性に満ちあふれているのではないでしょうか。

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文:開洋美 撮影:中川良輔 取材・編集:石田織座(JDN)

■桑沢デザイン研究所 同窓会
http://www.kds-doso.net/
■桑沢デザイン研究所
https://www.kds.ac.jp/
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